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〜コミュニケ/サブカル/音楽/会社人生などを語るをしてみんとして〜

サラリーマンを小馬鹿にしている小洒落た自称クリエイターがきらい Part1

なんか、ふらふらとある、「俺はサラリーマンに向いていないんで」系ブログを見て掲題の件をおもった。

id:otsune師にも見てもらおう..

サカナクションの日常と共に生きるという姿勢

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俺が、サカナクションが好きなのは、山口一郎が、幕張メッセで語ってた、明日から働くみんなの立場に、変わることはできないが、それでも、そのみんなを想像して、音楽を作るんだと言っていた、そういう姿勢が更に好きだ。

電子的で、トウキョウを札幌という音楽の大地から生まれたサカナクションの目を通すと綺麗で、てらいがない。

変なYMOおっさん反原発活動(それって日常?)


no nukeとかわけわからん、坂本龍一や、ポンポン蒸気の御大、昔から嫌いだった。
あいつらの選民思想だ。原発シーベルトなんかより、上司の一ツメの方が遥かに我々の日常世界に影響する。そんな実態、御大にははわからん、


サラリーマンじゃダメなのか?

まだ、音楽を作れるから、あいつらはいいとして、変な勘違いクリエイターどもが嫌いだ。サラリーマンの癖に、俺は、そこらの連中と違うとか思ってるやつってなんなんだろう。。

そこらへんでラーメンすすって、焼酎のんで、でも、ロックに生きたい。それはダメなのか?

東北に群がり、日常とは違う悲しなストーリーの中で、ヒーローになりたい、やつらも嫌いだ。

なんで、みんな偉そうな選民思想をぶちあげるのだろう。例えば奥田民生は完全に高くアートだ。でも、一人股旅のような、広島市民球場で、市民といっしょになる。ヒゲとボインで俺らと一緒になる。氣志團だってそうだ。中田ヤスタカもそうだろう。彼らには多なる才能と、ものすごい人間味を、感じる。

一ミリもアーティストでもなんでもない連中が美術館にいった、いってきました写真をとって、アートを語るのが、何たる厨ニなんなんだろう。

モテキをみろ。漫画家としてのあらゆる自分の内的咀嚼の成果をコマにまとめ上げて、それを、映画として成り立たせてるテレ東のおっさんを。それぐらいのことを俺らはやってない。既に成果は出ていない。

ならば、日常バカにすんなよ。くそな、オシャレやめてくれ。。

追記:坂上忍という生き方、「サラリーマンが一番えらい」というスタンス

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この人おもろいなと思わしてもらっていたが坂上忍が思う一番えらい人はサラリーマンだと。俺はその人たちからお金をもらって成り立つ役者だ。だから、俺は、恥を晒し、生きる。それができないのだったら、役者はやらない。年末にその年稼いだお金は全てボートに注ぎ込むと。

 
この矜持というか、芸の肥やしというような発想を、持ち、安い選民意識ではなくて、向き合って生きるという態度というのが役者というか、生きるということなのかと思った。